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東京高等裁判所 昭和61年(ネ)1881号 判決 1987年8月31日

控訴人

鈴木洋

右訴訟代理人弁護士

鈴木一郎

錦織淳

浅野憲一

高橋耕

笠井治

佐藤博史

黒田純吉

被控訴人

東京都

右代表者知事

鈴木俊一

右訴訟代理人弁護士

高木伸學

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、当審における次の主張及び認否並びに証拠関係を付加するほか、原判決摘示事実(原判決書中四丁表八行目「詔問」を「諮問」に、一三丁裏一〇行目「仰制措置」を「抑制措置」に改める。)のとおりであるから、これを引用する。

控訴代理人は「都営住宅居住者が高額所得者となるのは、比較的定年に近い高齢となつたころである。高齢者の住居意識は、永住志向が強く、定住が決定的に重要な意味を持つのであり、高齢化社会に向けた対策として公営住宅に関しても高齢者の永住希望に沿つた居住権保護が不可欠である。かかる高齢者に対して定年間近の収入を理由に永年住み慣れた住居から転出を強いるのは不合理であり、非人間的である。本訴は認容さるべきではない。」と述べ、証拠として乙第六八、第六九号証(いずれも写し)を提出した。被控訴代理人は、控訴人の右主張を争う旨陳述し、前記乙号各証の原本の存在及び成立を認めると述べた。

理由

一当裁判所もまた、被控訴人の本訴請求を正当と判断する。その理由は、次のように訂正し、控訴人の当審における主張に対し後記二のように判断するほかは、原判決が詳細に説示するとおりであるから、その記載を引用する。

1  原判決書中一九丁裏九行目「報告者」を「報告書」に、同所九、一〇行目「一九条の四」を「法第二三条の二」に、二七丁裏五行目「使用」を「使用許可」に改め、二八丁表五行目「、同第一八号証」を削り、同所六行目「乙第二三号証の一ないし一三」を「乙第一八号証、同第二三号証の一ないし一三」に改め、三三丁裏四行目「第一二号証」の下に「、同第一三号証の一、二」を加え、三六丁表九行目「一八日」を「一一日」に、三八丁表初行「不公平な状況を」を「不公平な状況にあるのを」に、三九丁表二行目「一二条」を「二五条」に、四八丁表八行目「第五一号証」を「第四九号証、証人鈴木喜美子の証言により真正に成立したものと認められる乙第五〇、第五一号証」に改める。

2  原判決書中五一丁表初行から八行目までを次のように改める。

また、被告は信義則違反の主張もしているが、住宅に困窮する低額所得者の住宅確保という法の目的に従つて建設された都営住宅を管理する事業主体たる原告において、高額所得者となつた被告に対し本件住宅の明渡しを求めることはその法律上の義務(法二一条の三)であるのみならず、原告は、右明渡請求に先立ち被告のため法二一条の四及び条例一九条の九に基づく明渡しを容易にするための措置を講じているものであり、他方、被告は、その収入が安定し都営住宅より高額な家賃の公団住宅等に居住することが経済的に可能であり、かつ現住居から退去することを不可能ないし著しく困難ならしめる客観的な事情が存在するとはいい難い上、条例一九条の四及び規則二一条で定められた収入に関する報告もしないでおいてひたすら明渡反対に終始しているものであり、その他本件において認定した諸般の事情を総合するときは、原告の本訴請求を信義則違反ないし権利濫用と目することは到底不可能である。

ちなみに、いわゆる信頼関係の法理につき言及するに、本件は被告の賃料不払、無断転貸等の義務違反に基づく明渡請求ではないから、かかる義務違反がいまだ信頼関係を破壊するに至らないものであるかどうかという意味合いにおける信頼関係の法理(これが本来の用語法である)は、その適用の余地がないことはもちろんであるが、これを義務違反の場合に限定しないで、およそ明渡請求を不当とすべき特段の事情の存否という点で相互の信頼関係がどうなつているかを考えるにしても、本件においては、かような信頼関係上の特段の事情は認めることができず、かえつて前段に指摘した原被告間の事実関係からすれば、右のような信頼関係という見地からしても、原告の明渡請求を不当とすべきいわれは全くないものということができる。

二当審において控訴人は、低額所得者として都営住宅に入居した者が退去すべき高額所得者となるのは定年に近い高齢となつたころであるとして、かかる高齢者に対し定年間近の収入を理由に永年住み慣れた住居から転出を強いるのは不合理であり非人間的であると主張する。確かに所得が高額になるのは一般的には比較的高齢になつてからであるといい得るけれども、都営住宅入居者は給与所得者ばかりではなく高額所得者となる時が定年に近い高齢者であるとは限らないから、高額所得者が定年に近い高齢者であることを前提として高額所得者の退去問題を講ずるのは当を得ないし、高齢化社会に向かいつつある時期において高齢者の住居問題も一つの解決すべき課題ではあるが、高額所得者の退去を定める法の趣旨を抜きにして都営住宅からの高齢者の退去を論ずることもできない。要するに控訴人の右主張は、前提要件たる「高額所得者」を「定年間近い高齢者」に置き換え、法の日的を捨象することによつて論理を飛躍させているものであつて、到底採用することのできないものである。

三よつて原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条、第九五条及び第八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官賀集 唱 裁判官安國種彦 裁判官伊藤 剛)

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